Cycling Report
Cycling Report
2025年12月03日 [Cycling Report]
さあ、ツール・ド・おきなわ、本島1周サイクリングへ(2日目は県都那覇をグルっと回る)

2日は、海中道路や那覇をぐるっと回って、名護に戻ります。
「な〜んだ、観光サイクリングだね〜。楽勝」と、甘く見ては大間違い。やんばるの厳しさは、皆さんよくご存じですが、じつは本島中南部も厳しい。2日目の走行距離は154km。獲得標高は1103m。これ、ヤビツ峠の1.5倍です。笑っている場合じゃありません。
さらに、クルマが多いし、信号の連続。そこをスマートに走り抜けるのは、簡単ではないです。でも、それも沖縄。クルマ社会の今の沖縄を見ていきましょう。
ホテルの特別な計らいで、朝食は朝6時からいただけます。ハンバーガーのモーニングプレート。旨い。
朝6時30分集合で7時スタート。スタートはホテルの真向かい。バッグはスタッフさんのワンボックス車に自分で積み込みます。空気入れを借りましたが、これはダメ。空気が口金から盛大に漏れてしまいます。大丈夫?
朝7時。集合した順に、青信号でスタート。
ワタシの今日のゴール目標時間は、15時30分。このくらいに到着すれば、名護のゴール会場には、まだにぎわいがあって、豚汁などのふるまい料理が食べられます。
16時を過ぎるとテントの撤去が始まり、食べ物やお土産類は何もなくなります。サイクリングを満喫して17時頃にゴールすると、会場の照明は落とされ、関係者は引き上げて、テントの解体が進み、もはや祭りのあと。きわめて寂しくなります。
「2日間、330kmを走って、胸を張ってゴールしたのに、サイクリング部門をバカにしているのか?」と怒りがこみあげてきます。
さらに、宅配業者も引き上げてしまうので、自転車の配送を頼むことも不可能です。
だから、今日は、がんばろうっと。
私は後ろからスタート。道中は長い。あわてることはありません。朝の恩納村はまだ眠りについています。
走っていたら、田んぼが。恩納村の安富祖では、琉球王朝時代から稲作が続いています。「ちゅらひかり」という品種で、8月と11月の2回収穫する2期作。「あふそ米」という名でブランド化して、道の駅で売り出すと即完売だそうです。食べた人から「おいしい」という声が届き、それが、集落の元気の源になっているそうです。
恩納バイパスとの交差点を直進、西海岸から東海岸への山越えです。上るにつれて海が見えてきて、きれい。今日も良い天気です。ラッキー、ただし暑くなりそうです。
下って、沖縄道の屋嘉インター付近で東海岸へ。進んで、赤崎交差点を左折して石川市街へ。この辺りは路肩が広くて走りやすいです。
闘牛ののぼり旗がたくさん立っています。ここ、うるま市は、沖縄で最も闘牛が盛んな町です。この日は、第123回秋の全島闘牛大会の開催日でした。番付表もあり、横綱級の牛は、体重1トン。すさまじい気迫だそうです。
そういえば、行きのフェリーの中で話をした人の中には、徳之島から仲間でこの大会を見に行くんだ。という人がいました。見ればわかる。闘牛はとても魅力的だ。といっていました!
市街を抜けると、えっと驚くような厳しい石川の坂が待っているのですが、今年はコース変更。海沿いの道を走ります。すると、最初のエイド、ローソンうるま石川東恩納店に到着です。8時5分着。トイレを済ませて出発です。
基地のフェンスに沿って進みます。両側には米軍のハウスがあったりして、福生みたいです。
基地沿いを進み、天願交差点の先からは、ちょっとローカルな農道を走ります。この辺りは、雲がわいてきて、パラパラっと雨が降ってきました。沖縄の天気は変わりやすいです。
のどかでいいなあ、っと思ったら、その先で事故。
信号のない突き当りのT字路で、海外からの一団が大勢止まっている。転倒自爆ではなく、クルマと衝突したようです。救急車や消防車がやってくる騒動に。やっちまったか〜、という感じです。気を付けましょうね〜。
この辺りには、島バナナの農園がある。直売とあったので立寄ったけれど、まだ、少し早いといわれてしまいました。残念〜。
気を取り直して、海中道路に向かいます。橋の取り付けまでの、海沿いの直線が、単調で修行な区間です。でも、橋がだんだんと目の前に近づいてくるので、がんばりましょう。
海中道路に入るとこんなオブジェが。
そう、交通安全ですよ。
これまでのコースは海中道路途中のパーキングで折り返しだったけれど、今年から変更。橋を渡った平安座島に進みます。あらま、ちょっと向かい風だね〜。海上で向かい風は、きついよ〜。と、ここでクラクションを鳴らす、怪しい車が。と思ったら、今日は観光するといっていた、友人でした。おいおい!
2か所目のエイドに到着です。9時5分着。ここまで44km。
(※最後尾の到着目安は9時49分。自分でも驚くなかなかなペース。)
お菓子をいただいて出発!、海中道路を渡ったら晴れてきました。なんということ。
そして、ここ、海中道路の取り付きには、かつて、沖縄名物の「パーラー」があったのですが、う〜んありませんね。お弁当屋さんになったようです。やっぱり、コロナのせい?
「パーラー」とは、軽食や冷たいドリンクなどを売っている常設の簡易店舗です。
パーラーについてはこちらから
この先で通過する、泡瀬のジミーズレストランの近くや、那覇の安謝の港近くには、まだあるようなので、余裕のある方は立寄ってみてください。古き良きOKINAWAが残っていますよ。
さて、以前はよく、交差点や歩道の柵に大きな横断幕が掛けられていました。内容は、「○○中学校第○期卒業生同窓会 何月何日開催」とか「○○氏 還暦の祝い ○○料理店にて」とか「○○地区 ○○祭○○踊り発表会 何月何日開催」といったものでした。ネットが発達した今では、すっかり見かけなくなりましたが、勝連で発見。しかし、内容は高校の進学実績や行事への協力の感謝でした。残念!
坂を上ると、世界遺産の勝連城址です。優美な曲線状の石垣が見どころです。
勝連城址前を通って下っていくと、川田交差点。ここを左折して、県道85号を走ります。2〜3車線の交通量の多い道路。内地にもよく見られる郊外のバイパス道路で、両側には、ありとあらゆる
ロードサイド店が並びます。わざわざ沖縄に来て、別にこういう所を走らなくてもなあ。と思います。
でも、ときには、こんな謎なお店もあります。「フトン巻のジロー」。いったい何屋さんだろう?
県総合運動公園の下をトンネルでくぐると、ここにも守礼の門?があります。県内にいくつか見かけます。恩納村のお菓子御殿にもありました。
その先で西原に向かう国道329号に合流します。4車線の幹線道路で、クルマが多いです。それ以上に厳しいのが舗装。小砂利を敷き詰めたような舗装で、路肩は小石だらけ。ガタガタして走りにくい。ほとんどグラベルです。数人、パンクしている人を見かけました。
景色は単調。気温は上昇。まさしく修行な区間です。じっと耐えましょう。さらに悪いことに丘を2か所越えます。これもけっこう脚に来る。お仕置きはもうヤメて。
あまりのつらさに、途中でアイスをいただきました。地獄に仏とはこのこと。
ヘトヘトになったころ、スーパーサンエーの西原店のある交差点に着きます。ここを左折して、西原のエイドへ。ヤレヤレです。10時51分着。ここまで76km。
(※最後尾の到着目安は、11時53分)
エイドごとに、特色ある食べ物が提供されます。エイドに立寄るのが、とても楽しみです。
うむくじ天ぷらとは、紅芋と芋くず(でんぷん)で作る沖縄の揚げ物です。うむくじとは「芋くず」がなまった名前で、昔ながらのおやつだそうです。
この辺りに来ると、ペースが同じような参加者が決まってきて、エイドごとに言葉を交わします。でも、日本人は少ないですね。海外からの参加者は、ツアーごとにまとまって走っています。声を掛けにくいです。
中には、禁じられている、伴走車がいる集団も。その伴走車が、那覇市内でも自転車の後について、ハザードを点けてゆっくり走ります。当然、後ろは渋滞。オイオイ、大丈夫か〜?
与那原からは、いよいよ市街走行です。きれいなマンションが増えましたね。来るたびに、町があか抜けていきますが、沖縄を走っている実感が薄くなってきました。
お、これは、沖縄輪業のお店だ!デカいね。
今年のコースはこれまでと変わり、ずっと直進。那覇東バイパス(豊見城高校〜とよみ大橋)方面には進みません。国場川の河口にある、漫湖のヒルギ林が見られないのは残念です。
古波蔵から那覇バスターミナルに向かいます。信号が多く、自転車にはタイミングが合わせていないようで、何度も赤信号につかまります。
海外からの参加者は、クルマの幅寄せや、たびたびの赤信号に、ちょっとイライラしているみたいです。声のトーンが上がっていました。
前方に、那覇バスターミナルが見えてきました。ここは、以前、平地のバスターミナルで、各方面に向かうバスがひしめいていました。ふるさとにつながる、沖縄の「上野駅」ともいうべき場所でした。
今では再開発され、立派なビルに代わりました。
ここで右折して、国道58号に入ります。あとは、ひたすら北上して名護へ。
11時40分着。ここまで87.9km。
(※最後尾の到着目安は、12時45分。ちなみに、先頭の到着目安は、10時25分!)
県都の那覇はにぎやかです。だけれども、ツールドおきなわなんて知らないね〜、という雰囲気。交差点で赤信号で停まったら、歩道の人から「ゼッケンを付けているけれど、何の大会?」と聞かれたほどですから。
那覇市街は、意外と交通マナーが良く、あまり怖さは感じません。渋滞していて、車の速度が遅いこともあるのかな。
市内の観光地は通過します。首里城は再建中ですが、足場が取り払われ、その威容が望めるようになりました。
泊港の先には、上り坂。その先、浦添あたりは、左手には、米軍基地がズ〜っと続きます。道は片側4車線。左車線を走る車は少なく、自転車も走りやすいです。
この先、牧港から宜野湾、北谷までは、再びロードサイド店がずらり。
昔から愛されてきた、A&Wハンバーガー、ブルーシールアイス、中華レストランピーコック、ステーキのサムズアンカーインは残っていますが、やはり、今どきのチェーン店が優勢です。なんといっても、サムズアンカーイン(2階)のあるビルの1階正面は、ラーメンの大勝軒ですから。
地元の人に聞いたら、「沖縄そばより、豚骨家系ラーメンの方がおいしい。よく食べる。」とのこと。豚料理になじみのある沖縄なら、それも頷けますね〜。
さらに、この界隈には、バイク屋やクルマ屋さんが軒を連ねていたように思いますが、今はだいぶ減りました。
道は3車線に減りました。左車線を走る車に要注意です。お店に出入りする車は、キュッと曲がりますから、巻き込まれないように、予防を。また、舗装は、ここもグラベル状態。路肩には小石がたまっているので、パンクが怖いです。
北谷は渋滞しているし、路肩が狭いです。要注意。救いは、車体の大きなミニバンやSUVが少ないこと。首都圏のように、狭い道をアルファードやランドクルーザーが他を押しのけるように次々やってくるとか、そういうことはありません。
ちょうどお昼で、気温は30℃。お腹もすいてきました。主催者用意の昼食会場がありますが、暑さに負けました。冷房の効いたお店に入って涼みながら、ササっとお昼をいただきました。ゴメンナサイ。
この先、嘉手納基地の横を通ります。この辺りから北は、舗装が滑らかになり、格段に走りやすくなります。何で那覇周辺は、あんなザラザラな舗装をしているのだろう?疑問です。
アメリカ〜なマリーナがあります。いらっしゃいませ、とあるから日本人もOKみたい。前回はここがエイドになっていました。
嘉手納から読谷の坂へ。嘉手納には、米兵向けのセダンやクーペ(死語?)、スポーツカー(ZやRX7)を扱うクルマ屋さんがたくさんありましたが、いまや姿を消しました。
背中から日差しを受けて、じりじりと焼けるように暑いです。坂もじわじわと続きます。ここ読谷が、2日目の難所だと思います。老ギヤ【脚の無いシニアでも、ギヤ比を1対1に近くすれば、なんとか坂を登れること】、もとい、ローギヤに落として、無理をせず、進みましょう。
一直線の長い上りを終えると、沖縄ハムの工場があって、豚さん牛さんが出迎えてくれます。すっぽんもあります。ここがピーク。恩納村へと下ります。
恩納村は旧道を進みます。お目当ては、シーサイドドライブイン。和洋中、何でもあります。私は、以前食べた、スペシャルランチの味が忘れられません。
メニューと料理はこちら
本当は店内で食事をしたかったのだけれど、今日は早めにゴールもしたい。外のカウンターで飲み物をいただきました。
13時45分着。ここまでおよそ123km。(※最後尾の通過目安は、およそ15時20分)
さて、恩納村を進みます。ますます観光に力が入っています。大規模なリゾートホテルが次々できています。すごいですね〜。いったい何室あるのでしょうか?
一方で、まだまだ共同売店も残っています。このコントラストも、今の沖縄なのでしょううね。
安冨祖小学校が最後のエイドです。あれれ、参加者は誰もいない。ガランとしている。私がまさか最後尾?ラストエンペラー?
14時44分着。ここまで138.6km。
(※最後尾の到着目安は、16時17分)
ここも食べ物が豊富ですが、ずいぶんと余っていました。もったいない。
さあ、あとは、ゴールに向かうだけです。今日は、電池残量はまだ半分以上あり、♪バッテリーはビンビンだぜっ!(キヨシローさん)
時速22〜23キロで、景色を眺めながらのリエゾン走行に切り替えます。海がきれいだのう。
幸喜ビーチが近づいてきました。
初期のころの本島1周サイクリングでは、先に到着した人も長く休憩してもらって、最後尾の人を待ち、参加者全員(100人くらい)が1列になって名護に向かいました。
※2日目には「ワープ」車が出動し、最後尾の人を幸喜ビーチに送り届けるサービスもありました。
そして、みんなでゴール。喜びを分かち合った後、表彰式の会場に全員で向かい、ステージ上に迎え入れられます。レース部門の参加者に本島1周の完走を報告します。おお〜っと、さらに会場が盛り上がる。そういう演出もありました。それだけサイクリング部門、特に本島1周サイクリングの完走者には、リスペクトがあった。ということです。
今は、まるで、レースのおまけのような扱い。寂しいものです。
爺の昔話は、これくらいにしましょう。
遠くに名護の町が見えてきました。走り通せてうれしいような、旅の終わりが近づいて悲しいような。
本島一周サイクリング、無事ゴールイン。観客も、拍手も、ブラスバンドの演奏もないけれど、ワタシにとっては金メダル🥇。330km 楽しんで走れました。ジーンと来る幸せ、です。
15時38分着。ここまで154.6km。
(※最後尾の到着目安は、17時24分です。ちなみに最後尾は平均時速17キロで計算されていました。)
まだ、会場には、ざわめきや賑わいが残っていました。早めにゴールで来て、大会会場の余韻を味わえて、本当に良かったです。豚汁もわんさかいただきました。
昨日一緒に走った綾野さんや、ハシケンさんにも会えました。ハシケンさん、ゼッケン「1111番」で市民140kmマスターズに出場。自信はあったそうですが惜しくも優勝を逃す。でも、この笑顔。ツールドおきなわには、人を笑顔にする何かがあります。自転車は楽しいですよね〜。
さて、宿へ戻ってシャワーを浴びます。ふぅ〜。部屋の窓から名護湾の夕陽を見て、乾杯。と思ったら、とんでもないオチがありました。
明日、乗船予定のフェリー会社からのメールです。
「台風の影響で、うねりが届き、明日の朝、本部港に寄港できず通過するかもしれません。
よって、どうしても乗船したいのなら、船が那覇港にいるので、那覇港に来れば、必ず乗れます。明日朝6時までに港に来てください。那覇港〜本部港間の料金は不要です。」
ええっ!、明日、フェリー乗れないと、その後は台風の接近で欠航のおそれも。
慌てて荷造りし、宿をチェックアウトしました(もったいないが仕方がない…)。
名護から最終19時35分発の高速バスで、那覇へ向かいました。那覇バスターミナルに着いてから、ネットで今宵の宿探し。何とか港の近くの宿を予約。野宿せずに済みました。
ヤレヤレ...

「な〜んだ、観光サイクリングだね〜。楽勝」と、甘く見ては大間違い。やんばるの厳しさは、皆さんよくご存じですが、じつは本島中南部も厳しい。2日目の走行距離は154km。獲得標高は1103m。これ、ヤビツ峠の1.5倍です。笑っている場合じゃありません。
さらに、クルマが多いし、信号の連続。そこをスマートに走り抜けるのは、簡単ではないです。でも、それも沖縄。クルマ社会の今の沖縄を見ていきましょう。
ホテルの特別な計らいで、朝食は朝6時からいただけます。ハンバーガーのモーニングプレート。旨い。
朝6時30分集合で7時スタート。スタートはホテルの真向かい。バッグはスタッフさんのワンボックス車に自分で積み込みます。空気入れを借りましたが、これはダメ。空気が口金から盛大に漏れてしまいます。大丈夫?
朝7時。集合した順に、青信号でスタート。
ワタシの今日のゴール目標時間は、15時30分。このくらいに到着すれば、名護のゴール会場には、まだにぎわいがあって、豚汁などのふるまい料理が食べられます。
16時を過ぎるとテントの撤去が始まり、食べ物やお土産類は何もなくなります。サイクリングを満喫して17時頃にゴールすると、会場の照明は落とされ、関係者は引き上げて、テントの解体が進み、もはや祭りのあと。きわめて寂しくなります。
「2日間、330kmを走って、胸を張ってゴールしたのに、サイクリング部門をバカにしているのか?」と怒りがこみあげてきます。
さらに、宅配業者も引き上げてしまうので、自転車の配送を頼むことも不可能です。
だから、今日は、がんばろうっと。
私は後ろからスタート。道中は長い。あわてることはありません。朝の恩納村はまだ眠りについています。
走っていたら、田んぼが。恩納村の安富祖では、琉球王朝時代から稲作が続いています。「ちゅらひかり」という品種で、8月と11月の2回収穫する2期作。「あふそ米」という名でブランド化して、道の駅で売り出すと即完売だそうです。食べた人から「おいしい」という声が届き、それが、集落の元気の源になっているそうです。
恩納バイパスとの交差点を直進、西海岸から東海岸への山越えです。上るにつれて海が見えてきて、きれい。今日も良い天気です。ラッキー、ただし暑くなりそうです。
下って、沖縄道の屋嘉インター付近で東海岸へ。進んで、赤崎交差点を左折して石川市街へ。この辺りは路肩が広くて走りやすいです。
闘牛ののぼり旗がたくさん立っています。ここ、うるま市は、沖縄で最も闘牛が盛んな町です。この日は、第123回秋の全島闘牛大会の開催日でした。番付表もあり、横綱級の牛は、体重1トン。すさまじい気迫だそうです。
そういえば、行きのフェリーの中で話をした人の中には、徳之島から仲間でこの大会を見に行くんだ。という人がいました。見ればわかる。闘牛はとても魅力的だ。といっていました!
市街を抜けると、えっと驚くような厳しい石川の坂が待っているのですが、今年はコース変更。海沿いの道を走ります。すると、最初のエイド、ローソンうるま石川東恩納店に到着です。8時5分着。トイレを済ませて出発です。
基地のフェンスに沿って進みます。両側には米軍のハウスがあったりして、福生みたいです。
基地沿いを進み、天願交差点の先からは、ちょっとローカルな農道を走ります。この辺りは、雲がわいてきて、パラパラっと雨が降ってきました。沖縄の天気は変わりやすいです。
のどかでいいなあ、っと思ったら、その先で事故。
信号のない突き当りのT字路で、海外からの一団が大勢止まっている。転倒自爆ではなく、クルマと衝突したようです。救急車や消防車がやってくる騒動に。やっちまったか〜、という感じです。気を付けましょうね〜。
この辺りには、島バナナの農園がある。直売とあったので立寄ったけれど、まだ、少し早いといわれてしまいました。残念〜。
気を取り直して、海中道路に向かいます。橋の取り付けまでの、海沿いの直線が、単調で修行な区間です。でも、橋がだんだんと目の前に近づいてくるので、がんばりましょう。
海中道路に入るとこんなオブジェが。
そう、交通安全ですよ。
これまでのコースは海中道路途中のパーキングで折り返しだったけれど、今年から変更。橋を渡った平安座島に進みます。あらま、ちょっと向かい風だね〜。海上で向かい風は、きついよ〜。と、ここでクラクションを鳴らす、怪しい車が。と思ったら、今日は観光するといっていた、友人でした。おいおい!
2か所目のエイドに到着です。9時5分着。ここまで44km。
(※最後尾の到着目安は9時49分。自分でも驚くなかなかなペース。)
お菓子をいただいて出発!、海中道路を渡ったら晴れてきました。なんということ。
そして、ここ、海中道路の取り付きには、かつて、沖縄名物の「パーラー」があったのですが、う〜んありませんね。お弁当屋さんになったようです。やっぱり、コロナのせい?
「パーラー」とは、軽食や冷たいドリンクなどを売っている常設の簡易店舗です。
パーラーについてはこちらから
この先で通過する、泡瀬のジミーズレストランの近くや、那覇の安謝の港近くには、まだあるようなので、余裕のある方は立寄ってみてください。古き良きOKINAWAが残っていますよ。
さて、以前はよく、交差点や歩道の柵に大きな横断幕が掛けられていました。内容は、「○○中学校第○期卒業生同窓会 何月何日開催」とか「○○氏 還暦の祝い ○○料理店にて」とか「○○地区 ○○祭○○踊り発表会 何月何日開催」といったものでした。ネットが発達した今では、すっかり見かけなくなりましたが、勝連で発見。しかし、内容は高校の進学実績や行事への協力の感謝でした。残念!
坂を上ると、世界遺産の勝連城址です。優美な曲線状の石垣が見どころです。
勝連城址前を通って下っていくと、川田交差点。ここを左折して、県道85号を走ります。2〜3車線の交通量の多い道路。内地にもよく見られる郊外のバイパス道路で、両側には、ありとあらゆる
ロードサイド店が並びます。わざわざ沖縄に来て、別にこういう所を走らなくてもなあ。と思います。
でも、ときには、こんな謎なお店もあります。「フトン巻のジロー」。いったい何屋さんだろう?
県総合運動公園の下をトンネルでくぐると、ここにも守礼の門?があります。県内にいくつか見かけます。恩納村のお菓子御殿にもありました。
その先で西原に向かう国道329号に合流します。4車線の幹線道路で、クルマが多いです。それ以上に厳しいのが舗装。小砂利を敷き詰めたような舗装で、路肩は小石だらけ。ガタガタして走りにくい。ほとんどグラベルです。数人、パンクしている人を見かけました。
景色は単調。気温は上昇。まさしく修行な区間です。じっと耐えましょう。さらに悪いことに丘を2か所越えます。これもけっこう脚に来る。お仕置きはもうヤメて。
あまりのつらさに、途中でアイスをいただきました。地獄に仏とはこのこと。
ヘトヘトになったころ、スーパーサンエーの西原店のある交差点に着きます。ここを左折して、西原のエイドへ。ヤレヤレです。10時51分着。ここまで76km。
(※最後尾の到着目安は、11時53分)
エイドごとに、特色ある食べ物が提供されます。エイドに立寄るのが、とても楽しみです。
うむくじ天ぷらとは、紅芋と芋くず(でんぷん)で作る沖縄の揚げ物です。うむくじとは「芋くず」がなまった名前で、昔ながらのおやつだそうです。
この辺りに来ると、ペースが同じような参加者が決まってきて、エイドごとに言葉を交わします。でも、日本人は少ないですね。海外からの参加者は、ツアーごとにまとまって走っています。声を掛けにくいです。
中には、禁じられている、伴走車がいる集団も。その伴走車が、那覇市内でも自転車の後について、ハザードを点けてゆっくり走ります。当然、後ろは渋滞。オイオイ、大丈夫か〜?
与那原からは、いよいよ市街走行です。きれいなマンションが増えましたね。来るたびに、町があか抜けていきますが、沖縄を走っている実感が薄くなってきました。
お、これは、沖縄輪業のお店だ!デカいね。
今年のコースはこれまでと変わり、ずっと直進。那覇東バイパス(豊見城高校〜とよみ大橋)方面には進みません。国場川の河口にある、漫湖のヒルギ林が見られないのは残念です。
古波蔵から那覇バスターミナルに向かいます。信号が多く、自転車にはタイミングが合わせていないようで、何度も赤信号につかまります。
海外からの参加者は、クルマの幅寄せや、たびたびの赤信号に、ちょっとイライラしているみたいです。声のトーンが上がっていました。
前方に、那覇バスターミナルが見えてきました。ここは、以前、平地のバスターミナルで、各方面に向かうバスがひしめいていました。ふるさとにつながる、沖縄の「上野駅」ともいうべき場所でした。
今では再開発され、立派なビルに代わりました。
ここで右折して、国道58号に入ります。あとは、ひたすら北上して名護へ。
11時40分着。ここまで87.9km。
(※最後尾の到着目安は、12時45分。ちなみに、先頭の到着目安は、10時25分!)
県都の那覇はにぎやかです。だけれども、ツールドおきなわなんて知らないね〜、という雰囲気。交差点で赤信号で停まったら、歩道の人から「ゼッケンを付けているけれど、何の大会?」と聞かれたほどですから。
那覇市街は、意外と交通マナーが良く、あまり怖さは感じません。渋滞していて、車の速度が遅いこともあるのかな。
市内の観光地は通過します。首里城は再建中ですが、足場が取り払われ、その威容が望めるようになりました。
泊港の先には、上り坂。その先、浦添あたりは、左手には、米軍基地がズ〜っと続きます。道は片側4車線。左車線を走る車は少なく、自転車も走りやすいです。
この先、牧港から宜野湾、北谷までは、再びロードサイド店がずらり。
昔から愛されてきた、A&Wハンバーガー、ブルーシールアイス、中華レストランピーコック、ステーキのサムズアンカーインは残っていますが、やはり、今どきのチェーン店が優勢です。なんといっても、サムズアンカーイン(2階)のあるビルの1階正面は、ラーメンの大勝軒ですから。
地元の人に聞いたら、「沖縄そばより、豚骨家系ラーメンの方がおいしい。よく食べる。」とのこと。豚料理になじみのある沖縄なら、それも頷けますね〜。
さらに、この界隈には、バイク屋やクルマ屋さんが軒を連ねていたように思いますが、今はだいぶ減りました。
道は3車線に減りました。左車線を走る車に要注意です。お店に出入りする車は、キュッと曲がりますから、巻き込まれないように、予防を。また、舗装は、ここもグラベル状態。路肩には小石がたまっているので、パンクが怖いです。
北谷は渋滞しているし、路肩が狭いです。要注意。救いは、車体の大きなミニバンやSUVが少ないこと。首都圏のように、狭い道をアルファードやランドクルーザーが他を押しのけるように次々やってくるとか、そういうことはありません。
ちょうどお昼で、気温は30℃。お腹もすいてきました。主催者用意の昼食会場がありますが、暑さに負けました。冷房の効いたお店に入って涼みながら、ササっとお昼をいただきました。ゴメンナサイ。
この先、嘉手納基地の横を通ります。この辺りから北は、舗装が滑らかになり、格段に走りやすくなります。何で那覇周辺は、あんなザラザラな舗装をしているのだろう?疑問です。
アメリカ〜なマリーナがあります。いらっしゃいませ、とあるから日本人もOKみたい。前回はここがエイドになっていました。
嘉手納から読谷の坂へ。嘉手納には、米兵向けのセダンやクーペ(死語?)、スポーツカー(ZやRX7)を扱うクルマ屋さんがたくさんありましたが、いまや姿を消しました。
背中から日差しを受けて、じりじりと焼けるように暑いです。坂もじわじわと続きます。ここ読谷が、2日目の難所だと思います。老ギヤ【脚の無いシニアでも、ギヤ比を1対1に近くすれば、なんとか坂を登れること】、もとい、ローギヤに落として、無理をせず、進みましょう。
一直線の長い上りを終えると、沖縄ハムの工場があって、豚さん牛さんが出迎えてくれます。すっぽんもあります。ここがピーク。恩納村へと下ります。
恩納村は旧道を進みます。お目当ては、シーサイドドライブイン。和洋中、何でもあります。私は、以前食べた、スペシャルランチの味が忘れられません。
メニューと料理はこちら
本当は店内で食事をしたかったのだけれど、今日は早めにゴールもしたい。外のカウンターで飲み物をいただきました。
13時45分着。ここまでおよそ123km。(※最後尾の通過目安は、およそ15時20分)
さて、恩納村を進みます。ますます観光に力が入っています。大規模なリゾートホテルが次々できています。すごいですね〜。いったい何室あるのでしょうか?
一方で、まだまだ共同売店も残っています。このコントラストも、今の沖縄なのでしょううね。
安冨祖小学校が最後のエイドです。あれれ、参加者は誰もいない。ガランとしている。私がまさか最後尾?ラストエンペラー?
14時44分着。ここまで138.6km。
(※最後尾の到着目安は、16時17分)
ここも食べ物が豊富ですが、ずいぶんと余っていました。もったいない。
さあ、あとは、ゴールに向かうだけです。今日は、電池残量はまだ半分以上あり、♪バッテリーはビンビンだぜっ!(キヨシローさん)
時速22〜23キロで、景色を眺めながらのリエゾン走行に切り替えます。海がきれいだのう。
幸喜ビーチが近づいてきました。
初期のころの本島1周サイクリングでは、先に到着した人も長く休憩してもらって、最後尾の人を待ち、参加者全員(100人くらい)が1列になって名護に向かいました。
※2日目には「ワープ」車が出動し、最後尾の人を幸喜ビーチに送り届けるサービスもありました。
そして、みんなでゴール。喜びを分かち合った後、表彰式の会場に全員で向かい、ステージ上に迎え入れられます。レース部門の参加者に本島1周の完走を報告します。おお〜っと、さらに会場が盛り上がる。そういう演出もありました。それだけサイクリング部門、特に本島1周サイクリングの完走者には、リスペクトがあった。ということです。
今は、まるで、レースのおまけのような扱い。寂しいものです。
爺の昔話は、これくらいにしましょう。
遠くに名護の町が見えてきました。走り通せてうれしいような、旅の終わりが近づいて悲しいような。
本島一周サイクリング、無事ゴールイン。観客も、拍手も、ブラスバンドの演奏もないけれど、ワタシにとっては金メダル🥇。330km 楽しんで走れました。ジーンと来る幸せ、です。
15時38分着。ここまで154.6km。
(※最後尾の到着目安は、17時24分です。ちなみに最後尾は平均時速17キロで計算されていました。)
まだ、会場には、ざわめきや賑わいが残っていました。早めにゴールで来て、大会会場の余韻を味わえて、本当に良かったです。豚汁もわんさかいただきました。
昨日一緒に走った綾野さんや、ハシケンさんにも会えました。ハシケンさん、ゼッケン「1111番」で市民140kmマスターズに出場。自信はあったそうですが惜しくも優勝を逃す。でも、この笑顔。ツールドおきなわには、人を笑顔にする何かがあります。自転車は楽しいですよね〜。
さて、宿へ戻ってシャワーを浴びます。ふぅ〜。部屋の窓から名護湾の夕陽を見て、乾杯。と思ったら、とんでもないオチがありました。
明日、乗船予定のフェリー会社からのメールです。
「台風の影響で、うねりが届き、明日の朝、本部港に寄港できず通過するかもしれません。
よって、どうしても乗船したいのなら、船が那覇港にいるので、那覇港に来れば、必ず乗れます。明日朝6時までに港に来てください。那覇港〜本部港間の料金は不要です。」
ええっ!、明日、フェリー乗れないと、その後は台風の接近で欠航のおそれも。
慌てて荷造りし、宿をチェックアウトしました(もったいないが仕方がない…)。
名護から最終19時35分発の高速バスで、那覇へ向かいました。那覇バスターミナルに着いてから、ネットで今宵の宿探し。何とか港の近くの宿を予約。野宿せずに済みました。
ヤレヤレ...



